To.カノンを奏でる君
「想い出の曲なんだろ?……なぁ、花音。早河と」

「何で想い出の曲だって知ってるの?」

「え?」

「私、そんな事一言も言ってないよ。祥ちゃんに教えてないよね」

「!」


 てっきり、カノンが想い出の曲だという話をしていたと思っていた祥多は、思わぬ墓穴を掘った事に動揺した。


「いや、それは直から聞いて」

「直? 祥ちゃん、記憶失くしてから直ちゃんの事、直樹って呼んでたよね?」

「!……昨日会った時にそう呼べって言われたんだよ」


 苦し紛れに答える祥多を、花音は更に追いつめる。


「楽器は弾き手の性質を忠実に映し出す。鏡のようなものだ──そう私に教えたの、祥ちゃんだったよね」

「…………」

「音。全然違う。三年前の祥ちゃんと変わらない弾き方に戻ってる」


 ──言い逃れは出来ないと悟った。

 祥多が花音の事をピアノの音だけで判別出来るように、花音もまた、祥多の事をピアノの音だけで判別する事が出来る。


「記憶が、戻ってるのね?」


 まっすぐに射るように見つめてくる花音に、祥多は観念したかのように深い溜め息を吐いた。


「……ああ」

「っ!! いつから?!」

「昨日。お前の部屋に通されて、手紙読んで思い出した」

「何で言ってくれなかったの?!」

「お前を自由にしてやりたかった」

「え……?」

「たくさん傷つけた。苦しめた。だから、このまま記憶喪失のフリを続けて、お前を俺から解放してやりたかった」
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