To.カノンを奏でる君
「他の誰かじゃダメなの。離れてみて、よく分かった。私、祥ちゃんじゃなきゃダメ」


 ドクンと大きく脈打つ音が聴こえて来そうなほど、花音の言葉はまっすぐに祥多の胸に届く。


「……祥ちゃんじゃなきゃ、やだ」


 ぽろぽろと涙を零しながら花音は言った。しゃくりを上げ、洟を啜りながら、懸命に。


「私、祥ちゃんが好き。ずっとずっと、祥ちゃんが好きだった」


 いつもなら恥ずかしがって顔を覆ってしまいそうな状況だが、今日の花音は小さく震えながらも逃げずに祥多と向き合い続けていた。

 ひた向きな花音の姿に、祥多の心は揺れる。元々、嫌で突き放そうとしている訳ではない。好きだからこその、精一杯の優しさ。


(あぁ……クソ! 優柔不断だろ、俺!)


 祥多は強く拳を握る。


「迷惑、かも、しれないけど、私……祥ちゃんがいないと、無理」


 だんだんと自分が抑えられなくなっていくのを感じた。


 泣きながら必死に祥多を繋ぎ止めようとし、必要としてくれる花音を力いっぱい抱き締めたい。

 そんな資格はないと訴える理性によって、今の自分を何とか保っている。が、これ以上は危険だった。

 これ以上聞けばきっと、彼女に手を伸ばしてしまうと自分で分かっていた。


 どうにか花音の言葉を遮ろうとするが、時既に遅しだった。


「好きなの……っ」


 泣きながら言いきった花音。その瞬間、祥多の理性は切れた。

 力いっぱいに抱き締め、花音の首筋に顔を埋める。爽やかで少し甘い香水が鼻をくすぐる。
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