To.カノンを奏でる君
「あらやだ。あなた、帰宅は明後日じゃありませんでした?」

「宮崎公演は台風で延期」

「帰るなら帰ると連絡して下さいよ。夕食済ませちゃったんですからね」

「お前なぁ……子どもの前で変な事言うのやめろ。誤解すんだろ」

「やだ、私、嘘は言ってませんよ?」

「言い方の問題だ!」

「ふふっ。おかえりなさい、あ・な・た」

「気持ち悪い言い方すんな!」

「おかえり、祥ちゃん」

「祥ちゃんかよ……」

「お・か・え・り」

「ハイハイ、ただいま」


 疲れたような呆れたような顔をして、ソファーに深く身を沈める。


「外で何か食べて来た?」

「原田さんと。けど、酒中心だったからつまみ系」


 原田というのは、祥多のピアニストとしてのマネージメントをしている独身女性だ。祥多や花音より二つ歳は上。


「ふーん。原田さんと、ねぇ」

「何だよ。やましい事なんかねぇぞ」


 祥多は子どもが意地を張る時のような顔をして、花音を見返す。


「でもねー。原田さんは祥ちゃんに相っ当、入れ込んでるからねー」

「俺のピアノに、だろ」

「どーだかー。……でも、あの人は気さくで優しいし、結婚したら良妻賢母になりそう」

「おいおい、マジでやめろよ」


 本気で嫌そうな顔をし始めた祥多を見、花音は苦笑した。それから言う。


「カレーならあるよ」

「食う」

「ちょっと待ってて」


 花音は一人、リビングに入って行く。それを見計らったように、祥花は祥多に抱っこをせがんだ。

 祥多は笑いながら祥花を抱き上げ、膝に座らせる。
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