To.カノンを奏でる君
「今日ね、お父さんとお母さんの話を聞いたんだよ」

「ん?」

「みっちゃんちにはね、結婚式の写真があるのに、うちはないでしょ? だから、何でって訊いたの」

「ああ……」


 十二年前、花音を見送った時に直樹が言った“その調子で結婚式は40歳なんてやめてよね”という言葉が思い出される。


(本当に結婚式が挙げられない状態になったな。先延ばしにしてたら、俺達はもう30だ)


 直樹の言葉通りになりそうな気がして、祥多は気落ちした。花音も若い内にウェディングドレスが着たいだろうに。

 忙しい祥多に、文句一つ言わず尽くしてくれる。祥多は自分が情けなくて仕方なかった。


「お父さん?」

「あ、悪い。で、お母さんは何て言ってたんだ? 早くウェディングドレスが着たいって?」

「ううん。忙しかったからしょうがないって」

「そうか」


 もっとワガママを言えばいいのに、花音はそうしない。いつも笑って、その全てを内に秘める。

 たまの冗談に付き合ってやるくらいしか出来ない自分は、花音にとって決して良い夫ではない。そして、子ども達にとっても良い父親ではない。

 コトン、と目の前にカレーライスが置かれ、祥多は我に返る。いつの間にか、つらつらと妙な考え事をしていた。

 俯く祥多の視界に花音が映る。しゃがんで祥多の顔を覗き込み、長い黒髪がさらりと肩から滑り落ちた。


「疲れた? 忙しいのはしょうがないけど、体には充分気を遣ってね」


 花音の優しい気遣いが心に染みる。


「サンキュ。お前も、無理はすんなよ。何かあったらすぐに言え」

「うん」


 にっこりと笑う花音の笑顔に安堵し、祥多はカレーライスを食べ始めた。
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