To.カノンを奏でる君
 脱いでソファーにかけられてある上着を手に取り、ハンガーにかける。それを持って二階へ上がった。

 祥多と祥花の笑う声が下から響く。奏多の声が聞こえないのは、さっきから集中して本を読んでいるからだろう。


 クローゼットを開け、上着をかけて部屋を出る。

 階段を下りようとした、その時。


「……っ!!」


 突然襲われた胃痛に、花音はしゃがみ込む。

 あまりの痛さに花音は涙目になりながら、小さくも荒く苦しそうな呼吸を繰り返す。


 五分ほどそうしていると痛みは次第に和らぎ、花音はほっと息を吐いた。それから一階に戻る。


 楽しそうで笑い声の絶えない、築き上げた温かで優しい家族に思わず涙ぐむ。

 他の誰よりも何よりも大切な家族。その有り難さを最近よく感じる。それと共に、幸せな気持ちも。


「聞いてんのか、花音」


 祥多は花音の方へ目を遣り、驚く。


「どうした? 何かあったのか?」


 花音は首を横に振り、涙を拭いながら近寄った。


「幸せだなぁって思ったら涙が出ちゃった」

「花音…。お前、何か」

「何でもないよ。で、何の話?」


 問い詰めても答えなさそうな花音に、祥多は諦めて話を続ける。


「……ああ。来月、沖縄に行こうって話。チビ達も夏休みだろ」

「うん、いいんじゃない? 貴方の都合がつくなら」

「来月は上旬に二回だけだからさ。よし、決まりだな」

「わーい!」


 祥花が両手を上げて喜ぶ。思えば、旅行などとは縁がなかった。

 祥多と花音にとっても、子ども達にとっても、初めての旅行だ。


「それ、直ちゃん達も誘わない? 独り身の早河君も」
< 340 / 346 >

この作品をシェア

pagetop