To.カノンを奏でる君
 奏多は回された花音の腕に力が籠ったのを感じ、花音に意識を向けた。

 微かに震えている。泣いているのかと思えば、嗚咽は聞こえない。


 奏多が自分の事を気にしているのを感じた花音は、奏多を放し、キッチンに入った。洗い物をしながら唇を噛む。


 とても言えなかった。


 ──自分の命が残り僅かだ、など。


 こうなって初めて分かる、前の祥多の気持ち。十五年経った今、死を目前に生きていた祥多の思いが、つらさが、痛みが、苦しみが全て分かった。


 最期まで笑っていたい。最期まで家族の笑顔を見つめていたい。自分も、そして家族も、めそめそしている日々を送るなんて絶対に嫌だ。


 花音は強く心に思う。


「お母さぁん」


 祥花がキッチンに入って来る。


「絵描いた!」


 じゃーん、と見せる祥花の家族の絵は、色使いも丁寧で6歳にしては上手だった。


「お。上手上手! サヤは絵を描くのが上手だね」

「えへへー。お父さーん」


 嬉しそうに笑うと、祥花はカレーライスを食べ終え、ゆっくりしている祥多に絵を見せる。


「おぉ! 凄いな、サヤ」

「これお父さん」

「そーかそーか、お父さんはこんなにかっこいいのか」

「うん! サヤは大きくなったらお父さんみたいな人と結婚するー」

「サヤ…。お父さんそれはちょっと複雑だぞ」


 キッチンから二人のやり取りを見ていた花音はクスクスと笑う。
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