To.カノンを奏でる君
「要らねー」


 祥多は花音に楯を押し返す。

 花音は寂しそうな顔で祥多を見つめた。


「受け取ってくれないの?」

「何で俺がもらうんだよ。冗談ゆーな」

「せめて置いてやって」

「何なんだよ、一体。同情してんのか?」


 苛立つ祥多に、花音は俯く。

 二人で獲った賞。花音はそう思っていた。


「同情だけで初めての金賞楯をあげると思う?」


 さすがにこの言葉には祥多も黙る。


 花音もまたピアノが好きで、ずっと金賞を目指して練習して来ていたのは祥多が一番よく知っている。

 そうしてやっと獲得した金賞。それがどれほどの重みがあるかは祥多にも想像出来る。


 一気に意気消沈し、俯く花音に祥多は申し訳なく思う。身勝手な八つ当たりだ。


「悪かった。でも、気持ちだけで本当に充分だ。お前の金賞なんだからな」

「……うん」


 嬉しそうに笑う花音に、祥多は何度も救われた。

 花音が祥多を通してピアノと出会えたように、祥多も花音を通して得たものがある。形なきものではあるが、それは祥多にとってかけがえのないもの。

 花音がいなければ、今穏やかに笑っていられる自分はいなかった。祥多はそう思っている。


 大会に出れない事、ピアノに触れる時間を制限される事でやさぐれる事もなく来れたのは、花音がいて気遣ってくれるからだ。

 自分が出来ない事を代わりにしてくれる花音がいてくれるからこそ、周りの示す規律に反論せずにいられる。
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