To.カノンを奏でる君
 慌てて拭い、軽く頬を叩く。


「あれぇ? 花音ちゃんだぁ」


 可愛らしい声に顔を上げれば、祥多の取り巻きの一人、愛乃が立っている。


「どうしたのぉ?」


 心配そうな愛乃に、花音は首を横に振って答える。


「何でもないよ」

「どっか痛いのー?」

「痛くないよ」

「じゃあ何で泣いてるのぉ?」


 花音はハッとして涙を拭う。

 いつの間にかまた流していた。


「ごめんね。大丈夫」

「ほんとー?」

「……少しだけね、心の奥が痛いの」

「じゃあ愛乃が治してあげる。痛いの痛いの飛んで行けー! ……治った?」

「あははっ。ありがとう、愛乃ちゃんのお陰で治ったよ」

「やったー!」

「お礼にこれあげる」


 花音はコートのポケットから、苺ミルク味の飴玉を五つ出して渡す。

 両手いっぱいにもらった愛乃は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、花音ちゃん!」

「どういたしまして」

「ばいば~い!」

「バイバイ」


 愛乃の笑顔や優しさに触れ、花音の心の奥の痛みは和らいだ。

 目線を合わす為にしゃがんでいたが、再び歩く為に立ち上がる。そしてコートから単語帳を取り出して見ながら歩き出す。


 今は勉強に集中しよう、と花音は思った。そうすれば祥多と葉山の事を考えずに済む。


 病院から去る花音の後ろ姿は悲しいものだった。





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