To.カノンを奏でる君
「あぁ、もう6時か」

「本当だ」


 テレビ棚に置かれている置き時計は6時過ぎを示している。

 祥多はベッドから降りて患者専用の茶色のスリッパを履く。


 これからピアノ室へ向かう。というのも、一日の中で制限されているピアノに触れる時間だからだ。


 ピアノ室はこの病院独特の設備。

 少し前に有名なピアニストの子どもが入院し、子どもの為にピアノ室を造って欲しいと多額のお金を寄付したので防音のピアノ室が造られた。

 今ではその子どもは退院しており、以来、誰でも自由に出入り出来る場所となっている。

 そこで祥多は10時に一度、18時に一度、三十分だけピアノを触れる。親と医師が話し合い、許された時間だった。


「あ、祥多だ!」


 わああぁっと小児科に入院する子供達が祥多に押しかける。


「祥多、今日は何弾くの?」

「あれがいいー!」

「私もー!」


 毎日ピアノを弾く祥多は人気者だ。リクエストした曲をすんなり弾いてくれるからだろう。


 子ども達は口々に言う。祥多の指は魔法の指だと。


 子ども達のリクエストに応えて何曲か弾き終えた祥多は、部屋の隅で遠巻きに見ている花音の姿を捕える。


 楽しそうに笑っていた。子ども達と楽しそうにピアノを弾いている祥多を見て。

 祥多はそんな花音を呆れ顔で見る。本当に手に取るように考えている事が分かる奴だ、と。
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