To.カノンを奏でる君
第8楽章≫忘れられていたもの、思い出したこと。
ふと、花音は走らせていたペンを止めた。
帰宅後からずっと机に向かっている。時計は7時半を指していた。
花音はペンを回しながら、直樹の言葉を思い出す。
祥多は自分が来るのを待っているのだと言った。もしそれが本当なのだとしたら、今頃心配しているのではないだろうか。
要らない心配ばかりをして、それが体調に影響を及ぼしていないだろうか。
そんな事が気になった。気になってしまって、逆に勉強が手につかなくなってしまった。
花音はじっと考える。──二択だ。
どうするのかと二つの答えを並べ、自問自答する。
答えは案外、すんなりと出た。
祥多の元へ。
思い立ってからの花音は早かった。即座に着替え、コートを羽織る。
忘れ物がないか確認していた時、祥多からのペンダントが目に入った。
To.Kanonと小さく刻まれたペンダント。
花音は躊躇いの後、首にペンダントをつけた。シャラッと独特の金属音は切ない気持ちにさせる。
時計は7時40分を指していた。
花音は静かにドアを開閉する。下がっている札が“勉強中”になっている事を確認し、部屋を後にする。
音を立てないように階段を降り、リビングに出た。母はこちらに背を向けてソファーに座り、テレビを観ている。
そっと玄関まで行き、音を立てないように細心の注意を払って家から出た。