To.カノンを奏でる君
 暗い空の下を、街灯だけを頼りに速足で歩く。

 面会時間は8時までだ。それまでには病院に入っていないといけない。8時以降になると、出るのは簡単だが入るのは困難だ。

 病院までの徒歩三十分の距離を、時間に間に合わせたい一心で向かい、ニ十分で病院に到着した。

 もう遅いからか、院内は静かで薄暗い。

 二階まで階段で上がり、小児科入り口に足を踏み入れる。

 通り過ぎる病室からは、テレビの声や母子の会話が聞こえて来る。

 花音はそんな様子を横目に、祥多の病室に向かう。病室の前まで来ると、急に立ち止まった。

 勢いで来てしまったけれど、起きていたら何て言おう。

 そう考えて素直に入れずにいる。最後に会った昨日は葉山の存在に驚き、帰ってしまった。

 五分ほど病室の前をうろうろとして、意を決めた花音は病室の扉をそっと開けて中の様子を窺った。

 祥多は眠っているように見えたので安心し、起こさないように中に入る。


 近づいて、祥多の頬に触れた。


(あったかい……)


 花音は安心、立てられたままのパイプ椅子に腰かけた。

 傍にはベージュの肩かけカバンがあるからして、祥多の母がいて近場に何か買いに行ってるのだろう。

 花音は再び祥多に目を向ける。


 この時間には滅多に来ない。いや、来た事がない。
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