To.カノンを奏でる君
「花音ちゃんね、今朝…救急車でここに運ばれたの」

「………は?」


 祥多の顔から表情がなくなる。代わりに、だんだんと蒼くなっていく。


「神経性胃炎、だって。前から、症状が出ていたはずだって……祥多君、気づいてた?」


 気づいていたも何も、花音が体調を崩している事は知っていた。だから心配でいつも元気かと尋ねていたのだ。


「それで、花音は」

「もう自宅の方にいるみたい。一応、見舞いに行こうかと思ってるんだけど…」

「いい」

「え?」

「悪ィ、今日は帰ってくれ。調子悪ィんだ」

「……ん、分かった。じゃあまた明日来るね」


 美香子は複雑そうに笑い、病室から出て行った。

 それを確認し、ベッドから起き上がってクローゼットから服を取り出す。

 灰色の長袖に黒のジャケットにジーパン、キャップ帽。パジャマからそれに着替える。

 パジャマ以外の服を着たのは本当に久しぶりだ。しかし、余韻に浸っている暇はない。


 深くキャップ帽を被り、病室を後にする。


 周囲に気づかれないよう細心の注意を払い、何とか小児科を脱した。後は病院を脱するだけだ。

 なかなか来ないエレベーターにやきもきしながらも、祥多は気づかれないように必死でいる。

 そしてエレベーターに乗り込み、病院を脱した。
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