To.カノンを奏でる君
 走りたいのは山々、しかし走る事は出来ない。発作を起こして病院に逆戻りだ。

 体に負担をかけないように歩かなければ。


 体に気を遣って歩いた為に、普通三十分で着く距離を五十分もかけてしまった。


 荒い呼吸を調えようと、何度か深呼吸を繰り返す。それから目の前にあるインターホンを押した。


「……くっ」


 一瞬大きく痛んだ胸元を押さえ、前屈みになる。


(クソッ…)


 歩いただけでこうだ。顔を歪め、自身の体を恨めしく思う。


 間もなくして扉が開かれた。


「し、祥多君?」


 出て来た花音の母は慌てて門に近寄り、祥多を支える。


「どうしたの?! 病院は」

「花音……花音に、会わせて下さい」

「え?」

「お願い、します」


 息を切らしながら懇願する祥多に、花音の母は一先ず家の中に招き入れる。


「花音に…っ」

「分かったわ、分かったからとにかく落ち着いて」


 その言葉に祥多は安堵の息を漏らした。

 花音の母によく思われていない事は承知していたので、門前払いされないかと心配していたのだ。


「水を入れるから、一杯飲んでから行きなさい」


 花音の母は祥多に言い、台所に入る。
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