To.カノンを奏でる君
「あ、謝んないでよ! 別にいいから。慣れたし」

「慣れないよ。私なら、両親に目をかけてもらえない事は寂しいと思うよ」


 例え、大好きでもない母親であろうと目にかけてもらえない事は身勝手ながらも、寂しく思う。

 飾らないまっすぐな花音の言葉に、美香子はたじろぐ。祥多と直樹は花音らしいと笑んだ。


 美香子は、祥多も直樹も花音を見て笑んでいるのを見、嫉妬に駆られた。

 性格も容姿も悪くないと思っている。それなのに、二人の目は花音にしか向かない。自分は花音とさして大差はないはずなのに。


「何も分かんないくせに知ったような口利かないで。迷惑」


 大人気ないとは思う。けれど、花音に苛立つ気持ちは抑えられなかった。

 自分が欲しい物全てが花音の手中にある。


「……ごめん」


 一瞬、花音は傷ついた顔をした。それを見た美香子は口にした言葉を悔やんだ。しかし、言ってしまった言葉は戻らない。


(何で私が後悔なんてすんのよ。私だって傷ついたんだから)


 美香子は自分を正当化した。そうでもしないと、押し寄せる後悔の念に負けてしまいそうだった。

 負ける事など、美香子のプライドが断じて許さない。


 再び険悪な雰囲気になった室内。同じ事の繰り返しに、祥多は困り果てた。

 皆、本当に見舞いに来てくれているのだろうか。悪化させに来てはいないだろうか。

 そう疑わずにはいられない。
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