To.カノンを奏でる君
 リビングへ下り、朝食を摂る。最近は処方された薬のお陰で胃の痛みもなく、吐気もしない。

 手にあるパンの最後の一欠片を放り込み、ココアで流した。


「ごちそうさま」


 皿を流台に片づけ、カバンを肩にかけた。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 いつもと変わらない挨拶を交し、花音は玄関から出た。


 門を開けると、誰かが塀に凭れかかっている。驚いてその人物を見つめた。


「し……」


 上手く言葉を紡ぐ事が出来ず、唇を押さえる。


 学ランを来た“中学生”の祥多。その姿に目が潤む。


「おう、花音。どーだ? 変か?」


 祥多はいつになく楽しそうに言う。

 見る事は出来ないと思っていた祥多の制服姿。


「花音?」


 叶わないと思っていた。再び祥多と登校出来る日など、ないと思っていた。

 それが今、実現している。


 黒のリュックサックと黒の学ランが眩しく映る。


 花音は一旦祥多に背を向け、唇を噛む。


(泣いちゃダメ)


 ゆっくり深呼吸し、再び祥多と向き合った。


「おはよう。似合ってるよ、学ラン」


 花音の笑顔に、祥多も笑顔を浮かべた。


「何か病気だって事忘れそーだ」

「私も」


 二人は同時に吹き出し、笑った。
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