To.カノンを奏でる君
第10楽章≫広くがる世界。
一足先に音楽室に来ていた花音は、無表情でピアノを奏でていた。
花音がピアノを奏でるのは毎回の事で、クラスメイトは特に気に止めない。
ただ、いつもと違うのは花音が無表情だという事。直樹は苦笑しながら花音に近寄る。
「ノーンノン」
出来るだけ明るい声で話しかける。
いつもなら「何?」と笑顔で直樹を見るのだが、今日の花音は違った。
「…………」
無言、無視。黙ったまま直樹に目もくれず、自身の指先にだけ集中している。
(こりゃダメだ)
直樹は溜め息を吐いて、花音を宥める事を諦めた。
嫉妬しているなら不機嫌なオーラを発しているので分かるのだが、今回は無表情で何を考えているのか分からない。
重い扉が開く音に、直樹は目を向けた。祥多と美香子が二人揃って入って来る。
祥多と目が合った直樹はあからさまに顔を背け、自分の席に着いた。花音は祥多が入って来た事に気づいていない。
「ヒュー! ご両人!」
「ラブラブだねぇ」
男子女子の冷やかしに美香子は赤くなり、やめてと怒る。一方、祥多は花音に目を向けていた。
こちらには背を向けられているが、体が強張っている。その強張りからか、ピアノの音はどこか堅苦しい。
「花音? 体が強張ってるぞ」
ポンと肩に手を置くと花音の動きが止まった。
中途半端なところで曲が止まった為、皆が花音に視線を向ける。
祥多は不思議に思いながら手を退ける。