『A』
「しかし…何の目的もなく、そんな凝ったやり方で人を殺したりはせんだろう
何かメリットがなければ、な
君のお兄さんが亡くなって、得する人物はいないかね?
………君以外に」
ジィッ、と健二郎を見つめる響子。
「二郎君はそんなことしません!」
終始、置物のように無言でソファーに座っていた女性が、ガバッ!と立ち上がり声を荒らげる。
「二郎君は会社になんて興味なかったんです!
…お兄さんが亡くなるまでは二郎君は家を出て一人で生活してたんです
それに…お兄さんの葬儀で誰よりも泣いてたのは二郎君なんですから…
だから…だから…」
「奈っちゃん…
もう、いいよ…
ありがとう」
泣きそうな顔で一所懸命訴える恋人をなだめる健二郎。
「………彼女は?」
「あ…彼女は、山田奈津子(やまだ なつこ)さん
………一応…結婚を約束した仲です」
「………ほう
それはそれは…
羨ましいことで…」
吸っていた煙草を灰皿に押し付けて、新しい煙草に火をつける。
「………」
「………」
「ヒソヒソ…ねぇヒメちゃん…所長、なんか機嫌悪くない?…ヒソヒソ」
「ヒソヒソ…恐らく、今トールがいないからだと思われますです
ストレスを発散するはけ口がないようで…一日に吸う煙草の本数が、いつもより25本も多いです…ヒソヒソ」
「ヒソヒソ…なるほどね…ヒソヒソ」
ヒソヒソと小声で耳打ちをし合う二人。
確かに、亮と貫がT国に行ってから、響子は普段より刺々しい。