『A』
「一人…いることにはいるんです…
兄が死んで得する人が…
でも…、余り身内を疑いたくはないんです」
「身内?」
「はい、淳美(あつみ)さんと言って…
…兄の、奥さんです」
「…ほう」
「実は僕、恥ずかしながら親父に勘当されてて…
世間的には、親父の息子は兄一人だってことで通ってたんです」
「勘当…ですか、それはまたどうして…」
匠がコポコポとコーヒーをいれながら聞き返す。
「…僕は兄と比べて余りできが良い方ではなくて…
絵ばかり描いて暮らしてました…
ある日、親父と将来のことで喧嘩しまして…
画家として生きたいと言ったら、好きにしろ、その代わり、生活費は自分で稼げ…と」
「なるほど」
「ですから、僕は本来、吉村カンパニーにとって、いない筈の人間なんです…」
「フム………」
煙草を蒸しながら、何やら思案顔の響子。
「親父が死ぬ前に、仲直りしたかったですけどね…」
「!吉村穣氏は亡くなられたのか?!」
「はい………兄が死ぬ一週間前に…」
「フム、吉村穣氏が亡くなった時、吉村カンパニーの全ては、一人息子である君のお兄さんに受け継がれる…
君がいない場合、そのお兄さんが亡くなったら…」
「奥さんに財産が行く…ってわけだね!」