『A』
「そ…んな……こと…より…よ
………ガハッ」
再び吐血するスペック。
「なんだ!?
…へへっ、今なら、なんでも聞くぜ?」
涙を流しながらも、少年はわざとおどけてみせた。
「さ、さいごによ………オ、オメェ…の……なまえ…きか…せて…くれ……よ」
ブルブルと震えながらも笑うスペックの顔に、水滴が滴り落ちる。
ポタリ、ポタリ、と。
「………亮…
俺の名前は…大塚亮だ」
堪えきれない涙を流しながら…少年は…亮はそう答える。
「リョウ…か…
…リョウ……リョウ…うん、いい…なまえ…だ…オメェに…ピッタリ…だな」
泣きながらも、なんとか微笑みで返事をする亮。
もう、まともに声を出せなかった。
だが、スペックの手を力いっぱい握り締め、せめて、せめて一言たりとも末期の声を聞き逃すまいと、耳を澄ませた。
「なくなよ…リョウ…
…もっと……つよくなれ……
オメェなら…せかい…いち…つよい…
つよい……おとこ…に…なれる…」
スペックの瞳は、我が子を慈しむ雄大な父親のそれに似ていた。
「へへっ…いままで…ガキガキ…いって…わるかった………な……」
「、、!!」
泣きながら…首をブンブンと左右に振る亮。
そうして、もう一度スペックを見た時には…
「………」
既に、静かに息を引き取っていた…。
「っ!!………
〜〜〜〜〜
、、、、、、っ!!!」
少年の声にならない泣き声が、基地中に大きく響き渡った。
その傭兵の手の中には、今まで何もなかった。
家族も、友人も、恋人も、夢も、希望も、何もかも。
傭兵としての才能も、おそらくは持ち合わせていなかっただろう。
今まで何も掴んだことがなかったその手は、最後に、ある一人の少年の手を掴みながら逝くことができた。
それはこの傭兵にとって、幸せな終わり方、だったのかもしれない…。