『A』
まずは湯舟に入る前に身体を洗う。
ちなみに、響子は左腕から洗い出すのが常だ。
「…ん、なぁ婆ちゃん
背中流してやるよ、向こう向いてくれ」
隣で身体を洗っていた老婆の手つきの覚束なさを見兼ねて、響子がそう進言する。
「おや、すまないねぇ…」
「気にするな
お年寄りは国の宝だからな…」
「あらまぁ…
嬉しいこと言ってくれるねぇ…」
横で身体を洗っているお年寄りの背中を流す響子。
赤の他人との裸の付き合いも、銭湯の売りの一つだ。
ここは、今流行りのスーパー銭湯なんてところではなく、普通の、昔ながらの銭湯。
通常の湯舟に、低周波電気風呂、寝ながら入るタイプのジェットバス、サウナとスチームサウナ、そして水風呂だ。
この水風呂が実に気持ちいい。
お湯やサウナで暖まった身体から、瞬時に熱を奪ってくれる。
その爽快感と来たら…。
そうして冷えた身体を、また浴槽で暖めるというわけだ。
そうすることで、体感の温度差が増し、通常の2…いや、3倍は気持ちいい。
ここはサウナは別料金、少し入浴料が高くなる。
なので、専ら響子が入るのはスチームサウナ。
熱々の水蒸気で充たされた密室で、身体が芯から暖まる…喘息持ちの方にもオススメだ。
このスチームサウナと水風呂を、計五回往復し、響子は風呂を出る。
「親父、コーヒー牛乳一つ」
「………ん」
脱衣所から番台に注文をする。
「…んグんグんグ………
プハーッ!!」
風呂上がりのコーヒー牛乳、銭湯の醍醐味は、やはりコレだろう。
ポカポカと暖まった身体に流れ込むギンギンに冷え切ったコーヒー牛乳の味と言ったら…。
当然、飲む時は大きく身体を反らし、空いている方の手を腰に添えることを忘れてはいけない。