『A』
 
「確かに…習慣として鍛練を続けてはいるが…
私はもう、殺しをするつもりはない…」

「クツクツクツ
はやとちりして貰っては困るなぁ…
私は一言も、君に殺しをして欲しいなんて言ってないだろう?」

「…それはどういう…」
ガチャバサッ

青年が言い終わる前に、男はどこから取り出したのか、“あるもの”を青年の足元に放り投げる。

「………これは?
タキシードにシルクハット、仮面に、ステッキ?」

「君の装備だ」

「………装備?」

「そうだ、この他にも、必要なものがあれば用意しよう…」

「話が見えないな…」

「………」

男は黙りしばし俯く、そして顔を上げ、青年を正面に見据え語り出した…。

「君は…この世界をどう思う?」

「どうって…あいにく他の世界なんて知らないんでね…
この世界がどうか…なんて、考えたこともなかったな」

「…そぅ…普通はそうだ
己が生まれ落ちた世界に対してなんら疑問を抱かず、ただ惰性で暮らし一生を終わる者が殆どだ
だがね…私は気付いてしまったのだよ、この世界が…
いかに退屈で!
いかにくだらなく!
いかに唾棄すべきものかということにっ!!」


力説をする男の迫力に押されたのか、青年は少し後ずさる。

「思い返してみたまえ…
今まで君が歩んで来た道を…
どうだね?
何の不満もなく、最高に楽しい人生を送ってきたと…胸を張って言えるかな?
…できないだろう?
【変えてみたいと思わないか?この、つまらない世界を…】」

「っ!」

男の言葉が、青年の胸の奥の奥を射抜く。

「確かに…変えられるものなら、変えてみたい…かもしれない」

その言葉を聞き、初めて男はニヤリと笑った。
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