『A』
◇
男はレの字の形に足を置き、膝を曲げ腰を沈め半身になる。
順手は自然に開き手の平を地面に向け、逆手は圧拳にし、地面に水平に腰元に構える。
それは、強靭な下半身がなくては、構えることすらできない八極拳独特の構え。
それに対して、響子は全く構えるそぶりを見せない。
右手でチョイチョイと、攻めて来い、というジェスチャーをするのみ。
「面白いっ!」
その誘いに敢えて乗り、馬鹿正直に真正面からしかける男。
八極とは、大爆発のこと。
接近戦にて絶大な破壊力を見せる豪快な八極拳。
何か意味ありげに誘う響子だが、己が拳なら小細工等全て打ち壊し、打ち勝つ自信が一輝にはあった。
「破っ!」
十分に接近した後、極限までリラックスさせた身体から、万力を込めた崩拳(ポンケン)――中段への突き――を繰り出す。
「なっ?」
確実に来る筈の打倒の感触。
しかして実際には、真綿を打ったような、空中に舞う一枚のティッシュを殴ったような、そんな極上の柔らかさを拳は味わう。
そして、僅かコンマ数秒で視界はジェットコースターのように一瞬で流れ…
「ぶがぁはっ!」
気付いたら、顔面から床に突っ込んでいた。