淡雪恋話
「私……行きます」
五月ちゃんはゆっくりと体を起こす、本当に辛そうだ。痛みが治まったからといって、それが答えとして体の倦怠感や苦しみから隔離された訳じゃない。
ただ、激しい痛みから、ほんの少しだけ切り離されているだけ。
たったそれだけの効果しか、麻薬にすら残っていない。
五月ちゃんは慣れた手つきで点滴や医療器具の管を外すと、袖を戻して上着を羽織った。
そして五月ちゃんはゆっくりとした動作でベッドから降りて、靴を履いた。そして先生に「ありがとうございました」と深く礼をすると、病室からゆっくりと出て行った。
「……あ、五月ちゃん!」
私は、彼女の残した言葉に唖然としていた。
『ありがとうございました』
「ありがとうございます」じゃなく、「ありがとうございました」と彼女は言った。
先生と話す事すら、もうないと考えているのだ。
私は先生に「失礼します」と言って、病室を飛び出そうとした。そんな私に先生が、「あ、待って下さい」と声を掛けた。
先生は私に、深く一礼すると、こう言った。
「五月さんの事……よろしくお願いします」
訝しげな私に、先生はこう続けた。
「私には五月さんと同じ歳の娘がいます。その娘がもしも、こんな状態になったとしたら……そう考えると胸が引き裂かれそうになった……私の無力のせいで、五月さんは助からない……のです」
私は言葉を返す。いや、叩きつける。
「五月ちゃんは死なない! 五月ちゃんが諦めていても、私も、そしてきっと隆志君も、絶対に諦めない! 先生の勝手な感傷で、彼女の生死を決定しないで!」
私はそう言葉を残して、五月ちゃんの後を追った。