淡雪恋話
五月ちゃんにはすぐに追いついた。
倒れてしまうほどの痛みや苦しみから、まだ一時間と少ししか経過していない。いくら痛みが軽減していたとしても、そんなに人間の体は丈夫には出来ていない。
病院の外は雪景色になっていた。
五月ちゃんと一緒に、この病院に来た時には、まだ雪なんて降っていなかったのに……。
この寒さと雪は、今の五月ちゃんにはかなり辛いはずだ。
「ああ……綺麗……」
五月ちゃんは呆然としながら、一歩ずつ、病院の前の葉の落ちた寂しい桜並木を歩き出した。そして視線を桜の木に向ける。
「桜の花が満開ね……」
――!
五月……ちゃん……。
私は涙を必死になって堪えながら、笑顔でこう応えた。
「……うん、満開ですね、桜の花……」
「隆志が待っている……あの桜の木の下で……渡したい物があるんだ……クリスマスプレゼント……」
五月ちゃんの視線は虚ろだった。当然かもしれない。
痛みを散らす為と言えば聞こえもいいけれど、実際に末期癌の患者に投与される麻薬の量はかなりの量だと聞いた事がある。
それでも五月ちゃんは、「隆志君にクリスマスプレゼントを渡す」という意志だけは失っていなかった。
一歩、一歩、歩くのに本当に時間が掛かる。
五月ちゃんの言っている桜の木の下が何処なのかは分からない。
だからどれだけ時間が掛かるのかも分からない。
でも、私は見届ける。
彼女と彼の恋物語を――
五月ちゃんはもう一度だけ桜の木を見詰めて、「……綺麗」と呟くと、視線を前に向けて、また一歩先に進んだ。