淡雪恋話


 物語を紡ごう。
 彼と彼女の心を記そう。風に舞う名残雪のように、淡く切ない二人の物語を。
 時を紡ごう。
 彼と彼女が歩いた幸せな時間を。短かったけれど、共に歩いた幸せな時を。




「五月……」
 桜の木の下で座り込み、隆志君は泣いていた。


 私は二ヶ月掛けてやっと書き上げた物語を持って、隆志君の自宅に行った。お母さんは心配そうに、「毎日あの桜の木の下に行っているの」と教えてくれた。


 桜の花がほころび始めている公園の夕闇に、名残雪が舞っていた。


 もう、何度流したかもしれないであろう涙。
 隆志君が抱え続けていた葛藤。もう助からないと分かっていても、奇跡を信じていたであろう葛藤。それなのに結果は残酷だったと言う結論。


 私は近づく事を躊躇っていた。
 私が書き上げた物語を読んだとして、それに何の意味合いがあり、何の救いに、報いになると言うのだろう。


『……私が死んだら、隆志の事、お願いしていい?』


 私の脳裏に、五月ちゃんの言葉が浮かんだ。
 そう――
 隆志君の悲しみを少しでも救ってあげる事が、私の望まれた五月ちゃんからの願いだったはず。


「隆志君……」
 私が近づくと、隆志君はただ涙に濡れた視線だけ向けて、「よう……」と笑った。


「隆志君、私ね、こんな物語を書いたんです。隆志君と、五月ちゃんの為に……」
 隆志君は私が差し出した大学ノートを受け取ると、訝しげな表情でノートを開いた。


「『淡雪恋話』……?」
「恋愛物語です。タカシって男の子が、サツキって女の子に恋をして……まあ、後は読んでからのお楽しみにして下さい」
 私はそう言うと、隆志君の隣に腰を下ろした。


< 27 / 28 >

この作品をシェア

pagetop