淡雪恋話
物語を紡ごう。
彼と彼女の心を記そう。風に舞う名残雪のように、淡く切ない二人の物語を。
時を紡ごう。
彼と彼女が歩いた幸せな時間を。短かったけれど、共に歩いた幸せな時を。
「五月……」
桜の木の下で座り込み、隆志君は泣いていた。
私は二ヶ月掛けてやっと書き上げた物語を持って、隆志君の自宅に行った。お母さんは心配そうに、「毎日あの桜の木の下に行っているの」と教えてくれた。
桜の花がほころび始めている公園の夕闇に、名残雪が舞っていた。
もう、何度流したかもしれないであろう涙。
隆志君が抱え続けていた葛藤。もう助からないと分かっていても、奇跡を信じていたであろう葛藤。それなのに結果は残酷だったと言う結論。
私は近づく事を躊躇っていた。
私が書き上げた物語を読んだとして、それに何の意味合いがあり、何の救いに、報いになると言うのだろう。
『……私が死んだら、隆志の事、お願いしていい?』
私の脳裏に、五月ちゃんの言葉が浮かんだ。
そう――
隆志君の悲しみを少しでも救ってあげる事が、私の望まれた五月ちゃんからの願いだったはず。
「隆志君……」
私が近づくと、隆志君はただ涙に濡れた視線だけ向けて、「よう……」と笑った。
「隆志君、私ね、こんな物語を書いたんです。隆志君と、五月ちゃんの為に……」
隆志君は私が差し出した大学ノートを受け取ると、訝しげな表情でノートを開いた。
「『淡雪恋話』……?」
「恋愛物語です。タカシって男の子が、サツキって女の子に恋をして……まあ、後は読んでからのお楽しみにして下さい」
私はそう言うと、隆志君の隣に腰を下ろした。