世界の果てで呼ぶ名
男は振り返らない。
背中を向けて立っている男の姿を、彼女はじっと見つめている。
果てしない闇の中。虚無の空間に彼らは居た。
何処からか吹く風が、彼女の銀色の長い髪を揺らめかせて、ふっくらとした頬を打ちつけた。淡い朱色の唇は、優しい曲線を描いていた。
彼女は目を細めながら、男の背中を見つめている。
その表情は口元に微笑みを浮かべているにも関わらず、切なそうに見て取れた。
風が男の黒髪を撫でていく。真っ直ぐに背筋を伸ばし、長身の躰が揺らぐ事なく立っていた。
漆黒の空が広がり、歩いても足音すらしない黒い大地が横たわっている。
耳が痛くなる程の静寂が、現実ではない事を証明している様だった。
「また同じ夢……」
彼女は小さく、落胆の息を吐いた。
彼女は夢の中に居た。
夢はいつも同じ内容の繰り返し。決して振り返る事のない男の背中を、じっと見つめるだけの夢。
彼女がどんなに叫んだとしても、男は振り返らないだろう。
それは何度も試み、思い知らされた結果だった。
届かない声を挙げて、彼女は涙を流す度に絶望した。
この漆黒の空間よりも深く、絡みつく様な暗澹たる気持ちに陥った。