世界の果てで呼ぶ名
共に過ごした幸福な思い出は、彼女の時を止める、楔となった。
今も彼女は愛する人との思い出の中に、閉じ込められている。
彼女はゆっくりと瞳を開き、男の背中を再び見つめた。
振り向かないのは男の意志ではないと思う。
風になびく黒髪の向こう側に、優しく穏やかな微笑みがある筈だと思う。
見つめ合い漆黒の瞳に自分の姿を映すことはないと知っていても、彼女は微笑まずにはいられなかった。
男が淋しくないように、愛に満ちた優しい微笑みで包み込む様に。
愛が男に届く事を祈りながら。
今の彼女にはそれしか出来ない。
狂ってしまうには綺麗過ぎた愛は、こうして夢でしか会えない存在となった。
一際強い風が吹き、堪えきれなくなった涙が、彼女の白い頬を滑り落ちていった。