『サヨナラの3分前』【短編集】
13.サヨナラの3年後〜愛哀傘〜
〜サヨナラの3年後〜
ポツ、ポツ、ポツ。
雨粒が傘に当たり、音を奏でる。
僕の大きな傘が視界を遮る。
せかせかと急いだ靴たちが、僕の前を通り過ぎていく。
雨の日は、君の事を思い出す。
雨が嫌いな君を…。
「明日は晴れるかなぁ?」
僕の傘の中で、よく君は呟いていたね。
「晴れるといいね」
そう答える度に、僕は君に気づかれないように苦笑いをしていたんだよ。
僕は雨が嫌いじゃない。
降り注ぐ水の中、君を独り占めできるから…。
憂鬱そうな横顔も…
雨音に負けないように、大きくなるその声も…
雨の日は、世界中で僕だけのもの。
だから、これ以上雨を嫌いにならないように、君を雨から守っていたんだよ。
僕の右肩が濡れていたこと…
僕だけ水たまりを踏んでいたこと…
きっと、君は気付いていなかったんだろうな…。
いつの間にか、約束の時間を過ぎていた。
早足に横切る靴たちが、途絶えることなく続いていく。
あの頃から、何年経っただろう…
もう、僕たちが恋人同士ではないことを、改めて実感する。
僕も…
君も…
あれから色々な経験をした…。
僕も…
君も…
あの頃から変わったのだろうか…。
時間にルーズなところは、あの頃のまんまだな。
あの頃と同じように、僕は苦笑いをする。
大きな傘を傾けると、遠くから手を振る君が現れる。
ここからでは見えないけど、手を振る君の左手の薬指には、結婚指輪がはめられているだろう。
僕も傘を軽く掲げて応える。
二人で入っても、濡れないくらい大きな傘を…。
傘を持つ自分の左手が視界に入る。
薬指には、君とお揃いの結婚指輪。
照れ笑いと共に、白い息が漏れる。
空から…
真っ白の幸せが降っていた。