潮騒
その日の夜、何のタイミングなのか、マサキからの電話が入った。


車内は冬とはかけ離れたような温度だった。


でもあたし達の間を流れる空気感は、あの日のまま、まるで止まっているみたいだった。



「時計、忘れてたから。」


「…あ、うん。」


ぎくしゃくしてる。


それが嫌で誤魔化すように煙草を取り出したのに、火をつける手はやっぱり震えていた。


何を言われるんだろうかと思ってしまう。



「なぁ、腹減らね?」


「…えっ…」


「俺ずっと何も食ってなくて、そろそろ死にそうなんだよね。」


改めて追求されなかったことに、あたしはあからさまに安堵の表情が顔に出た。


マサキはこちらを一瞥するが、でも「どこ行く?」なんて言うだけ。


窓ガラスは、心模様みたいに少しだけ曇っていた。



「また遠くにでも行ってみる?」


そう、いたずらに笑った顔。


けれど、何故だか泣きそうになった時、遮るように鳴ったのは彼の携帯だった。


マサキは電話に出てから2,3言葉を交わし、



「じゃあ一旦戻って確認したらまた連絡しますから。」


とだけ言い、通話を終了させてこちらを向く。



「悪ぃ、ちょっと寄るとこ出来た。」

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