潮騒
あたしはとりあえず居辛くて、曖昧な顔しか出来ないのだけれど。



「んなこと言ってー、ここでエッチなことでもしようとしてたんだろー?」


「うるせぇって、マジで。」


「ははっ、まちゃまちゃが怒ったぁ!」


チェンさんという人は、やっぱりちょっと鬱陶しい。


いや、多分わざとやってんだろうけど、でもマサキは慣れているのか、そんなの無視とばかりに再び手元の資料へと視線を落とす。


そんな嫌な沈黙を打ち破ったのは、また鳴った彼の携帯だった。



「すぐ戻るわ。」


あたし達に短くだけ言って、足早に事務所を後にするその背中。


マサキが出ていくと、あたしはチェンさんとふたりっきりになってしまった。


かなり困る。


が、彼は気にする素振りもなく、咥え煙草でテレビをつける。


たまたまやっていたのは、歴史上の偉人を特集するような番組だった。



「ねぇ、ルカちゃん。」


「…はい?」


「これさ、トクガワイエコウっておじいちゃん、何やった人?」


本気で言ってるんだろうか。



「徳川家康、でしょ?」


「あぁ、そう読むんだぁ!」


「ちょっと、それ今時小学生でも知ってますって。」


呆れて物も言えないようなあたしに、けれども彼は、



「だって俺、幼稚園も小学校も中学校も、行ったことないんだもん。」

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