潮騒
そこが蔵であるということを知ったのは、もっとずっと大きくなってからのことだったけど。


天井に近い場所にある明かり取りの小窓から漏れる光と、時折そこから顔を覗かせる鳥。


どんなに記憶を辿ったところで、その光景しか思い出せない。


だってそこから出たことなんてなかったから。


重い扉が開くのは、決まって一日二度、食事が運ばれてくる時だけ。



「お兄ちゃん、これ。」


ヨンハ――弟なんだと思う、多分。


自分には、彼と、他には父親らしき人と、あと祖母らしき人がいる。


確認したことなんてないからわかんないけど。


だって自分に与えられているのは、“チェン”という名前だけだから。



「ここ寒いけど、風邪引いてない?」


ヨンハは良い子だった。


いつもにこにこしてて、冷たい目しかしない祖母らしき人とは大違い。


ちなみに父親らしき人は、滅多に姿を現さないから、よくわからないのだけど。


残飯のような、冷えたご飯。



「ヨンハは優しいんだね。」


「だってお兄ちゃんのことが心配だから。」


「ありがとう。」


嬉しいよ、本当にありがとう。


ヨンハだけ自由なのは羨ましいけれど、でもそれは当然だから仕方のないことだ。



「じゃあもう行かなきゃ。」


そして去っていく後ろ姿と、閉まる扉。


いつも世界に遮断されていた。

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