潮騒
相変わらずこの男は、天然なのか本気なのかからかってるのか、こういうことをさらりと言うから困ってしまう。


いっそホストにでもなれば良いのに、なんて思うこともあるけれど。



「だって正月くらい、面倒くせぇこと忘れて普通に過ごしてぇだろ。」


その相手があたしで良いの?


と、聞いたら、彼はなんと言ってくれるだろう。


でももしも困った顔なんてされたら悲しくなるから、いつもあたしは約束を明確には出来なかった。


少し湿った彼の黒髪が、まるで雨粒に濡れた猫のように見える。


何も言わないあたしにマサキは、いつも笑いながら口付けをする。


もしかしたら流されているだけなのかもしれない。


けれど身を預けるとひどく安堵している自分がいるから、抜け出せない。


だってこの瞬間だけは、手首の古傷の痛みを思い出さずにいられるから。


あたしはきっともう、レンの恋心を否定することが出来ないくらい、マサキのことが好きなのだろう。



「おせち、俺食ったことねぇから楽しみにしてるよ。」


「ちょっと、あたしそんなん作ったことないから!」


「つか、初詣どこ行こうか。」


「人の話聞けってば!」


てか、いつの間にやら一緒に過ごすこと前提で話が進んでるし。


そして文句を言えば、うるさいとばかりにまた唇が塞がれる。


ふたりで紡ぐ時を繰り返しているあたし達は、一体どこに向かって進んでいるのだろう。


出口なんてないのに。


過去は決して消えることなんてないのに。


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