潮騒
頼むから言うな、と呟いたマサキの声色は、ひどく弱々しいものだった。


いっそ呆れてくれたら良かったのに。


醜い女だと罵ってくれたら良かったのに、なのに彼は息を吐き、



「マクラだからどうだとか、そんなん関係ねぇよ。」


「………」


「例え何を背負ってたって、お前がお前であることに変わりはねぇんだから。」


一筋伝った涙が、冷たくなった手に落ちた。


それでもまだ止め処なく溢れるものは、彼によって拭われる。



「話したくないならそれで良いけど、でも辛い時まで笑おうとはするな。」


精一杯で保ってきた形が溶けていく。


あたしは震える息を吐いた。



「お母さん、あたしのこといらなかったんだって。」


「………」


「お兄ちゃんだけが大事で、お兄ちゃんさえいればそれで良かったのに、ってさ。」


冷たくなった手首をさすってみても、古傷は消えたりなんかしてくれない。


マサキは物憂げな顔で宙を仰いだ。



「俺だって同じようなもんだよ。」


「……え?」


「うちの両親は元々夫婦仲が悪くて、母親は俺を置いていなくなった。
けど、親父もろくでなしで、持て余したガキの俺をよその女に預けて遊び歩いてたんだから。」


彼はそこまで言い、



「帰ろっか。」


まるで続きを飲み込むような顔。


あたしは無言のままに、頷くことしか出来なかった。

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