潮騒
乗って、と言った彼は、路上駐車している車を指した。


真っ赤なマスタング。


それはチェンさんのイメージ通りで、あたしは泣きそうだった顔を緩めた。


こちらを確認した彼は、スモークの張られた助手席の窓をコンコンとノックし、



「ごめん、俺ちょっとこの子のこと送ってくわ。」


中にいたのは、驚くほど綺麗な女の人。


彼女はこちらを一瞥し、くすりと笑ってから車を降りる。


立ち振る舞いさえオーラがあって、口元のほくろがひどく妖艶にも見せていた。



「あらあら、妬けちゃうわね。」


「ははっ、嬉しいこと言ってくれちゃって。」


ふたりはそんな言葉を交わした後で、



「じゃあ、また連絡するわ。」


女性だけが人の波へと消えていった。


お邪魔をしてしまったのではと、あたしは今更になってハラハラしてしまうが。



「…良かったんですか?」


「うん、ちょっとだけ残念ではあるけどね。」


そして今度はあたしが助手席へと押し込められた。


甘ったるい香水の匂いは、先ほどの彼女の残り香なのだろうか。


チェンさんはやっぱりお構いなしで車を走らせた。



「マサキなら多分今頃は自分ち帰ってると思うけど、そっち行く?」

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