潮騒
チェンさんが咥えた煙草から吐き出された煙が、狭い車内を舞った。


あたしは流れる景色へと視線を移し、



「もしもの話、しても良いですか?」


「ん?」


「もしも自分の幸せが誰かの不幸の上にしか成り立たないとしたら、チェンさんはどうします?」


彼は一度首をひねってから、



「そんなの普通じゃない?
誰だって一等賞は取れないんだから、その時点で優劣になっちゃうでしょ。」


「………」


「だからやっぱり俺は、他人が泣いてたって自分が幸せである道を選ぶと思うけどね。」


潔い台詞だった。


あたしの迷いなんてちっぽけなものだと言わんばかりの、チェンさんの言葉。



「だってさぁ、そうだとしても、自分が一番可愛いって思ってなきゃ、人生やってられないじゃん。」


自分のことを認めてあげられるのは自分だけだと、どこかで聞いたことがあるけれど。


それでもあたしは、あたし自身を愛せない。



「まぁ、そういう難しい悩みなんて、俺じゃなくてマサキに相談してほしいもんだけどね。」


肩をすくめて見せた彼にも、曖昧な笑みしか返せない。


けれどチェンさんはその瞬間、何かを思い出したように「あっ!」と言った。



「そうそう、忘れてた!」


と、がさごそと後ろのシートを漁り、あたしに茶色い紙袋を手渡してくる。


ずっしりとした重み。



「それ、アイツが俺の車に置きっぱなしにしててさ、今度会ったら渡しといてよ。」

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