潮騒
暖房のきいた部屋で、キムチ鍋とビール。


当然のように眠くなってきて、するとマサキはあたしをベッドへと運んだ。


相変わらず外は雨音に滲んでいて、彼の腕に住まう黒い唐獅子も、何故だか寂しそうに見えてしまう。


腕を伸ばすと、逆に抱き寄せられた。


唇が落ちてきて、それが触れようとした刹那、



「ねぇ。」


あたしの声に、マサキの動きがぴくりと止まる。


腕時計を外した手首には、音符さえ並べられないような醜い五線譜。



「この傷の理由、前に聞きたがってたでしょ。」


「………」


「死にたくなって、だから死のうとして、なのに死ねなかった。」


ただそれだけだよと、あたしは言った。


彼は一度目を伏せてから、



「言わなくて良い。」


ぱさりと落ちた髪にくすぐられる。


知られたくないと思う反面でいつも、すべてを話せたならという思いが顔を覗かせる。


それを聞かせることで、マサキがどんな顔をするかもわかっているはずなのに。



「この傷も、あたし自身も、いつまで経っても消えてはくれないの。」


先に目を背けたのは、あたしの方。


窓に伝う雨の粒が、まるで涙のように雫に変わる。



「それってお前にとっては、俺といても何の意味もねぇってこと?」

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