潮騒
いつの間にかあたしは、泣き疲れて意識を失うようにマサキの腕の中で眠っていた。


いつも見る夢は、決まってあの日の事故のこと。


そして降り続く雨音によって意識を引き戻された時、彼は相変わらずあたしを抱き締めていた。



「起きた?」


薄暗くなった部屋の中で、煙草の煙がふわりと揺れる。



「…あ、うん。」


「何かお前すげぇうなされながら、お兄ちゃん、お兄ちゃん、って言ってたから。」


ひたいはじんわりと汗ばんでいた。


あたしはそれを拭うようにして、未だ脳裏にある残像を振り払う。



「何かさ、ごめん。」


「ん?」


「あたしお母さんに会うといつも、パニックみたくなっちゃって。」


自嘲気味に呟くと、マサキはそんなあたしをそっと引き寄せた。


そして一瞬迷ったような後で、



「…ネグレクト、されてたのか?」


ネグレクト――本来英語で“無視すること”を意味するが、日本では主に保護者などが子供や高齢者・病人などに対して、必要な世話や配慮を怠ることを指す。


要は育児放棄ということだ。


おずおずとしながらも頷くと、



「大丈夫だから、気にすんな。」


マサキはそう言って、あたしの耳元に口付けを添えた。


大丈夫だからというだけの言葉で、ひどく安堵させられる。


心にあたたかいものが込み上げてくる。

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