潮騒
「前にも言ったけどさ、ちゃんと俺がいてやるから。」


「…うん。」


「だからあんま卑下するようなこと言うなよ。」


そのぬくもりが、ただ心に沁みる。


身を預けた場所から溶け出してくれれば良いのに、なんて思う。



「それに、何かチェンも色々と気にしてたみてぇだから。」


先日のことだろうか。


自分が幸せになる道を選ぶと言っていた彼の言葉を思い出した。



「チェンさんって、何か変な人だよね。」


「いや、あれはただの馬鹿だから。」


笑うあたしを見て、マサキも笑う。


それからリビングで、彼は自分用のコーヒーと、あたし用のホットココアを淹れてくれた。


膝を抱え、両手で持ったマグカップから立つ湯気に、細く息を吹きかける。


マサキの携帯が先ほどからマナー音ばかり鳴らしていることは気付いていた。



「ねぇ、仕事は?」


「良いよ、別に忙しくねぇから。」


それが本当なのかはわからないけれど、でも、きっとあたしを優先してくれているのだろう。


申し訳ないと思う反面で、少しばかり嬉しくもなってしまうが。


マサキはふと窓の外へと視線を滑らせ、



「こんだけ雨が降ったって、この街の汚れは洗い流せねぇなんてな。」


どういう意味で言ったのだろう。


けれどそれは物悲しくだけ響き、ただ部屋を舞って静かに消えた。

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