潮騒
「どうかした?」


あたしの問いに彼は首を振り、



「いや、まぁ、大したことじゃねぇんだけど。」


「…けど?」


「そういや今日って親父の命日だったなぁ、と思ってな。」


ひどく興味もなさそうに言ったマサキに、けれどもあたしは驚いてしまう。


命日って、こんなとこであたしといる場合じゃないだろうに。



「ちょっと、せめてお墓参りくらい…」


でも彼はそれを遮って、



「あんなヤツ、死んで当然だから。」


本当に、マサキはお父さんを憎んでいるらしい。


雨音に呟きが溶けて、彼の横顔はまるで曇り空のようだった。


あたしはそれをただ見つめながら、もしもうちのお母さんが死んだらどうなるんだろう、なんてことを漠然と考えていた。



「別に葬式も出てねぇんだし、今更墓参りなんか行く意味ねぇよ。」


「………」


「それにどうせ念仏とか唱えてやったって、アイツは地獄にしか行けねぇんだから。」


吐き捨てられた台詞。


マサキは苦虫を噛み潰したような顔で、息を吐いた。


でもどこか悲しそうな様子に、あたしはやっぱり何も言えなくなる。


カップから立つ湯気は、吐息と混じって部屋に消えた。

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