潮騒
過去のない人間なんていないし、過ごして来た年月の中で、思い出したくないことくらい、ひとつやふたつあるのだって当然だ。


誰かを憎むことだって普通にある。


けど、でも、マサキの抱えているものは、まだ聞けなかった。


少し湿った風が頬を撫でる。



「ルカさん、しゃきしゃき歩いてくださいよー。」


街の景色を眺めていた時、美雪に腕を引かれてよろめきそうになってしまった。


横でレンはそんなあたしに向かって、どんくせぇー、と笑っている。


午前中、ふたりは我が家に突然やってきて、そしてまるで小学生のように「遊びましょー。」なんて嵐みたいに連れ出された。


で、映画とショッピング。


デートに巻き込まれた格好のあたしは、もうへろへろだ。



「ちょっと、何でそんなに体力ないんですかぁ?」


「コイツもうおばさんだから。」


少なくとも、同い年のレンにだけは言われたくはないのだけれど。


今日も空はぐずついていて、今にも雨が降り出してしまいそうな色をしている。


そんな中で、美雪のジャケットだけが浮き足立ったみたいに春色だった。



「ったく、しょうがねぇからどっか入るか。」


何で勝手に誘ってきたくせに、あたしがお荷物みたいな扱いなのか。


レンはあたしを足蹴にしながら、ほら早く、と急かしてくる。


美雪が提案したカフェは、嫌がらせなのか大通りまで出なきゃならない。


またがっくりと肩を落とした。

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