潮騒
それから少しして、どこか茫然とした、消沈したような顔の美雪が席へと戻ってきた。


レンはやっぱりその様子をうかがう気配しかなく、流れた沈黙は重い。


どうしたものかとは思ったものの、



「ねぇ、何だったの?」


なるべく軽めに聞いたのに、彼女ははっとした顔で取り繕った。



「全然大丈夫ですから、ホントに!」


それが作り笑いであるということは、誰の目から見ても明らかだったろう。


レンとあたしはその不審さに視線を合わせた。



「別に大したことないっていうか、ただちょと…」


と、そこまで漏らした美雪の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。


ぎょっとした。



「おい、美雪?!」


けれど、彼女はレンの言葉を振り払うように席を立ち、逃げるように店を出た。


彼は迷いもせずにその背を追う。


あたしは戸惑いの中で、とりあえずテーブルに札を置き捨ててレンに続いた。


鈍色の雲に覆われた街の中で、揉み合う男女。


やっとあたしが追い付くと、大粒の涙を零す美雪の腕を、レンが捕まえるように掴んでいた。



「なぁ、マジでどうしたってんだよ!」


「離してよ、放っといて!」


「こんなんで放っとけるわけなんてねぇだろ!」

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