潮騒
抱き合うことほど簡単なことはないはずなのにね。


なのに、それでも彼は、壊れてしまいそうだった美雪に触れることが怖かったのだと言った。


他の女を抱いている手でなんて、と。



「でも宮城くんがいつか意識を取り戻すなんて保証、どこにもないんだよ?」


「………」


「なのにレンは、一生こんなこと続けるの?」


愛した女の傍で、ただ見守っててあげるだけ。


それがどれほど苦しいことなのかなんて、あたしなんかじゃ計り知れない。


想いは通じているはずなのに。



「けど俺だって、半端な覚悟で宮城への償いを選んだわけじゃねぇから。」


そう言ったレンは、でもさ、と力なく視線を上げた。



「ホスト辞めてどうこうってのは無理だけど、正直マクラはもうしたくねぇんだ。」


「……え?」


「一番はやっぱ美雪のためだけどさ、ホント言うと俺自身が、多分限界なんだと思う。」


無理をして、好きでもない女を抱くことに抵抗のない人間なんていない。


だからレンは、それなしで稼ぎたいのだと言う。


彼の選んだ答え。



「ねぇ、人はそれほど多くのものなんて背負えないんだよ?」


けれどあたしの言葉に、レンは答えを返さなかった。


ただ悲しそうに、でも守りてぇんだもん、という呟きだけが消える。


あたし達は互いに、抱えたものの大きさに押し潰されてしまわないようにと必死だったね。

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