潮騒
スーツをかっちりと着こなした後で、最後に靴下を履く男の姿はひどく滑稽なものに見えた。


彼が取り出した財布から放り捨てるように投げた札の数枚が、宙を舞う。


それがもしも、天使から落ちた白い羽根だったならば、少しはあたしも救われるのだろうか。


なんて、馬鹿みたいなこと考えてしまう。


ひらり、ひらり、と一枚ずつ落ちてくるそれをただ眺めていたあたしに、男は、



「まぁ、俺なんかが言えることでもねぇんだけどよ。」


そこで一度言葉を切り、彼はクッと笑う。



「マクラなんかやってる女にゃあ、未来はねぇと思うぜ。」


パタンと閉まった扉。


あたしはよたよたと歩きながら、トイレに入ってうずくまった。


胃から込み上げるものをどれほど吐き出したところで、染まった色の黒さは変わってはくれない。


シャワーの冷水を頭から浴び、いくら体を擦ったって、何ひとつ綺麗なってはくれなかった。


繰り返しても、繰り返しても、終わりなんてものは見えない。


償っても、償っても、罪は消えない。



「…痛い、よ…」


呟いた声さえ水音に掻き消される。


そんな時、ベッドの上に残してきた携帯が、着信音を響かせた。


確認なんてしなくても、それが誰であるかはわかった。


ただ助けてほしかったの――。


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