潮騒
けれどマサキの部屋の冷蔵庫には、食材になりそうなものなんてなかった。


じゃあ買い物でも行くか、なんて言い出したのは、彼の方。


スーパーにはおおよそ似つかわしくない男と車。


だから笑ってしまうと、マサキはそんなあたしにも気付かず、店内を物珍しそうな顔で見渡していた。



「ちょっと、きょろきょろしないでよ。」


「いや、野菜だけでもすげぇ数だと思ってさぁ。」


「こんなん普通でしょ。」


カゴを持ってすたすたと歩くあたしの後ろを、彼は子供みたいに着いてくる。



「俺さぁ、小松菜ってやつ知ったの、わりと最近かも。」


「嘘でしょ?」


「マジで、マジで。」


信じられない。


呆れ返るあたしをよそに、マサキは相変わらず楽しそうなご様子だ。


だからあたしだって別に料理好きとかいうわけでもないが、でもさすがにちゃんとしたものを食べさせてあげたくなる。


野菜の品定めをしていると、横に立った彼はくすりと笑った。



「何か良いな、こういうの。」


「……え?」


「普通のことなんだけど、俺憧れてんのかも。」


目の前を、手を引く親子が通り過ぎる。


何食べようか、お菓子も買って、なんて言い合う姿が、ひどく微笑ましく見えた。


どんなに記憶の糸を辿ったところで、あたしとお母さんとでは、こんな風にはなれなかったから。

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