潮騒
混濁した意識の中で、動かない体がベッドに運ばれる。


マサキはあたしを抱き締めたまま、手首の古傷が指でなぞられた。


彼は息を吐きながら、



「俺、親父があの事故を起こした時、単純に嬉しかったんだ。」


「………」


「死んだヤツがいるってのに、それより先に、親父がパクられたからもう会わずに済むんだって喜んでた。」


まるで懺悔するように、マサキは言う。



「母さんが男作って出て行っても、親父は俺のことよその女に預けて遊び呆けて、挙句、クスリやってるんだから。」


「………」


「顔を合わせれば邪魔者扱い。
だから本気で辛くて、いっそどっかに消えちまえって思ってた。」


なのに、と唇を噛み締めた彼は、



「なのにいざ親父がパクられたら、現実なんて全然生易しいもんじゃなくて、俺は周りから“人殺しの息子”のレッテル貼られて。」


「………」


「けど、それも当然だったんだよ。
自分が自由になりたくて、人の死を喜んでた結果なんだから。」


「………」


「あの頃はそれさえ親父の所為だって思ってたけど、今になって考えたらさ。」


そこまで言い、マサキは顔を覆う。


彼の腕に住まう黒い唐獅子もまた、泣いているみたいに見えた。


15年という、長過ぎた時間。


被害者も加害者ももう、この世にはいない。


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