潮騒
ズルリと手から落ちた香水の瓶が、床でゴトンと音を立てた。


不思議そうにレンが振り向く。



「おいおい、不注意で瓶が割れたら大変だろ。」


「………」


「俺二日酔いなんだから、部屋にこんな匂いが充満したらマジ吐くっつの。」


途切れた通話。


手の震えが止まらなくて、そして全身から血の気が引くのがわかる。



「…お母さんが、死んだ?」


呟くと、「え?」とレンの顔色が変わる。


あたしはその場にへなへなと崩れ落ち、焦点さえ定まらない瞳を持ち上げた。



「お母さん、死んだんだって。」


大家さんとお母さんの関係は険悪なものではなく、むしろ彼は良心的な人だった。


長年付き合いのあるお母さんとは、友人に近い関係だと思う。


彼は口止めされていたらしい。


お母さんが末期の肺ガンで、もう長くはなかったと。


一度は手術で治ったように思えたそれさえ転移しており、今月に入る頃にはもう手の施しようがないとまで医者に言われていたそうだ。


そして今日、入院先の病院で亡くなった。



「…そんな、馬鹿なっ…」


まだ何ひとつ話し合ってなどいなかったし、ましてやあたしは彼女の言葉さえも金をせびる手段だとさえ思っていた。


どうして本当のことを言ってくれなかったのだろう。


どうしてあたしは信じてあげなかったのだろう。


お母さん、ホントに死んじゃったの?

< 249 / 409 >

この作品をシェア

pagetop