潮騒
「これ以上いたらマジで風邪引くし、車戻ろうぜ。」


促されるままに再び助手席へと乗り込むと、マサキの指先に涙の痕を拭われた。


目が合って、逸らせなくて、するとゆっくりと触れた唇。


サスペンションはぎしりと軋み、冷えた体が覆われる。


吐息と車内の熱で、徐々に窓ガラスは白く染められていく。


無理な体勢で抱き合いながら、あたしは彼を受け入れていた。


マサキがまるで愛しいものにでも触れるみたいにあたしを扱うから、だからわからなくなりそうで怖い。


愛だとか恋だとか、そういう錯覚さえも起こしそうになるじゃない。



「マサキ。」


優しくしないでと思いながらも、それを求めてしまう自分がいる。


強く、はっきりと刻んでほしいと望んでしまう自分がいる。


彼のはだけたシャツの腕から覗く、黒い唐獅子。


何故だかそれが悲しく見えた。



「やっぱお前、可愛いな。」


痛みと快楽と、何なのかわからない感情に支配されて、ぐちゃぐちゃになった頭の中。


声が漏れて、唇を絡め取られて、涙ばかりが溢れてくる。


もっともっと、思考さえも奪うほどに、あたしを壊してくれれば良いのに。


ただ、今は少しだけ。



「マサキ。」

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