潮騒
「アンタさぁ、そういう心配する前に、引っ越し作業だとか色々とやることがあるでしょうが。」


「………」


「てか、美雪のことおろそかにしてどうすんのよ。」


言ってやると、レンは少し困ったような顔をしてから、



「まぁ、お前のこともそれなりに心配してるから、こうやって頻繁に来てやってんだけどー。」


仕事のことを抜きにすれば、つまらないながらも毎日それなりに、平穏に過ぎている。


ただ少し、お母さんが死んでから、自分の道を決めかねているだけ。


こんな日々でもきっと幸せなはずなのに。


なのにあたしはまだ、片足以上は踏み出せないの。



「辞めちまえよ、キャバなんか。」


「………」


「ナンバーからも落ちて、ろくに出勤もしないままで、半端なままいるのが何になるってんだ。」


「………」


「自分の人生、リセットすんのがそんなに怖いか?」


痛いところを突いてくれるものだ。



「そうだね、怖いのかもね。」


苦笑い混じりに言ったあたしと、肩をすくめて見せるレン。


時間だけが過ぎていく。


ひどく穏やかな午後だった。

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