潮騒
理由はわからない、けれど騙されたのだということだけは理解した。


だから逃げなければならないはずなのに、それでも上手く体は動かない。


と、そんな時、鳴り響いたのチェンさんの携帯。



「ごめんね、マサキ。」


彼は電話口の向こうへと、そう漏らしてから、



「でももう俺、強硬手段に出ちゃったんだ。
ルカちゃん、まだ帰ってきてないでしょ?」


あぁ、あたしは何かのための人質か。


働かない頭で思いながらも、声を上げることすら出来ない。


もう、意識が混濁し始めた。



「そういうことだからさ、金、持ってきてね。」


通話を終了させ、彼は電源を落としてから、それを後ろのシートへと放り投げた。


代わりにダッシュボードから取り出された、黒い塊。


マサキのトカレフ。



「アイツ、無造作に置いとくなって何度も注意してやったのにね。
こんなに簡単に盗めるんだから、もっと用心してなきゃだと思わない?」


ねぇ、ルカちゃん。


と、こめかみに当てられた銃口の冷たささえも、もう鈍い感覚になっている。



「何もしないから、ルカちゃんはそこで眠ってなよ。」


「………」


「おやすみ、良い夢を。」










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