潮騒
「どうしたんだ?
今日は浮かない顔して、つまらなかったか?」


いつもと変わりなく笑っていたつもりだったのに。



「いえ、すごく楽しかったですよ。」


「そうか、じゃあこれを。」


そういって客があたしに手渡してきたのは、数万円の札だった。


いつも彼は「小遣いだよ。」と、現金をくれる。


この後、同伴して店に行き、さらに景気良く金を使ってくれる人だ、開業医というのはそんなに儲かるものなのか。



「そうだ、ルカ。
まだ時間もあるし、少し食事をしてからいこうか。」


「はい。」


それからふたりでホテルを出て、洒落たレストランに連れて行かれた。



「この店のシェフは前にホテルの料理長をしていて、本場フランスにも修行に行ったらしくてね。」


という彼のウンチクを聞きながらも、あたしは笑みを崩さなかった。


どこが美味しいのかわからない。


いや、何を食べたって同じなのかもしれないけれど。


毎日毎日、こうやって過ぎていくだけの無駄に繰り返される時間、金を得ることだけが、あたしの生きる意味なのだ。


と、頭の中では割り切っているつもりだった。


なのにマサキに会ってから、少しずつ、何かが変わっているような気がする。


けれど変化は今も怖いものだ。

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